statement

私たちは何故火を使い始めたのか。 人類の未明期について思いを馳せてみる。火との初めての接触は山火事などの自然発火だろう。原因は落雷か、 枯葉の摩擦であったかもしれない。人類を含め、すべての動物が本能的 に火の存在を恐れ、逃げ惑う中で、人類だけは本能に逆らい火を手にした。「外敵から身を守る」「暖をとり、明かりとして利用する」といった様々な理由は、火を手にした後に発見された使用法だろう。なによりもまず、火に手をのばした最初の人類は、そのゆらめきに「魅了されていた」のではないだろうか。きっと動物としての本能を凌駕するほどに魅せられていたのだ。

彼らがそれを「美しい」と解釈したかは分からない。しかし、私たち は数十万年を経た今でも、火のゆらめきに惹きつけられたままである。そうであるならば、人類は根源的に「魅了される生物」だと言えるのではないだろうか。人と他の動物を分かつ決定的な要因が「火を使用したこと」にあるのではなく、「魅了される」という心の動きにあるとするならば、それをもっとも素直な形で表しているのは芸術行為だろう。ラスコーなどの旧石器時代の壁画からも儀式的な作用以上に、動物や自然に魅せられ、必死にそれを捉えようと手を動かした人類の姿が見えてくる。そうして生み出された作品が他者を魅了し、新たな作品に繋がることで、芸術の歴史は続いてきた。

原始の時代に手にした火が社会の発展と共に制御され、ついには身の周りからその姿を隠しつつある中で、再度、人類と火の関係を考えてみる。それは、過去を眺めつつも現在を問い直すことに繋がるのではないだろうか。